占星術の基本、天と地の照応論(コレスポンデンス)

 


 占星術とは、天に起こることがいずれ地に起こる、という考え方のもとになりたちます。

  太陽が昇れば地上は明るくなり、人々が活動を始める。太陽が沈めばあたりは闇に包まれて夜になり、人々は眠りにつく。

 月の満ち欠けは、潮の満ち干を発生させる。そして海の生物は、大潮になる新月と満月に新たな生命を誕生させる。

 

太陽は地上に光をもたらす。     A(太陽)=B(光)

光は人々を目覚めさせ、活動させる。 B(光)=C(人々の活動)

ゆえに、太陽は人々を活動させる。  ∴A(太陽)=C(人々の活動)

 

月の満ち欠けが潮の満ち干を起こす。 A(月の満ち欠け)=B(潮の満ち干)

潮の満ち干が魚の産卵を促す     B(潮の満ち干)=C(産卵出産)

ゆえに、月の満ち欠けは産卵を促す。 ∴A(月の満ち欠け)=C(産卵出産)

 人は天象に畏敬の念を抱きます。ドイツの宗教学者であるルドルフ・オットーがいうところのヌミノーゼ(Numinose)です。ヌミノーゼとはヌーメン的なものに対する意識であり、ヌーメンとは神の意思。が、ここでいう神とは人知をはるかに超えたもの、つまり天象です。太陽が昇り、地上を照らし、季節が廻り、月が満ち欠けして地上の水が満ち干する。それこそがヌーメン(人知を超えた意思によって引き起こされていること)です。

 実際、昇ってくる太陽を眺めながら、新たな1日がはじまることに感謝の気持ちがわきあがってくる人もいるでしょう。

 昇る太陽の光を浴びると、人の意識は覚醒します。なぜか。太陽と地上との関係性による昼夜のサイクルは実際に地上の生命に大きな影響を与えているのです。

 それがサーカディアンリズム(概日リズム)であり、24時間サイクルで体温やホルモン分泌、睡眠と覚醒のサイクルが機能します。これは、当然ながら人間の生命が地上で発生し、太陽の光の下で育まれてきているためです。その24時間サイクルは、昇る太陽の光(実際には覚醒後にあびる太陽の光)によってリセットされることも知られています。睡眠のサイクルが乱れることでホルモン分泌が乱れ、精神的な問題(鬱など)を引き起すことがあるとされ、その反対に、サーカディアンリズムをリセットし、生体リズムを改選することができるなら、心の状態もまた改善されるであろうということになります。

 また、29.5日の朔望サイクルは、月経周期に関連していることが知られています。1950年代、チェコスロバキアのオイゲン・ヨナス博士は、出生日の月齢に排卵があるとするバース・コントロール方法を提唱しました。

(注・オイゲン・ヨナス博士は、男女の産み分けについても、アストロロジー理論を応用して行っていたようです。が、1968年以降、その消息は不明であり、また、その理論がどれほど正しかったのかについての検証はなされておりません。出生日の月齢に排卵があるとするオイゲン・ヨナス理論は仮説です。)

 地上の生命はすべてが天体サイクルのもとで育まれてきました。天体サイクルに影響される人間の生命、そして心もまた、天体サイクルと無関係ではありません。それこそがマクロコスモス(天空)と、ミクロコスモス(魂)とが対応しているという構造であるのでしょう。


 天象に対応する地。天象を地にあるものに関連付けることも行われました。象徴化(symbolism)です。

 太陽は天に輝き、あたかも人々を導く指導者のような存在であるとし、太陽=指導者。

 太陽が隠される日蝕になれば、人々は輝かしい太陽のような指導者が失脚するのではないかという不吉な予感に苛まれるようになります。

  月の満ち欠けは、潮の満ち干(月経周期)に対応し、生命を生み出す母性であるとし、月=母親、太母神。

 満月が赤い影に隠される月蝕になれば、太母神の守護が得られずに、地上の作物や家畜たちが育たないのではないかと人々は心配したに違いありません。

 天に起こることはいずれ地に影響を与える。天象と地象との対応が照応論(コレスポンデンス)correspondence、これこそが占星術の基本であり、さらにはオカルトの基本でもある考え方です。

  照応論(コレスポンデンス)は定義です。定義とは、人々の間で共通認識として定められたもの。つまり、人々が作った考え方。照応論(コレスポンデンス)という定義が成り立つとしたうえで成立しているのが占星術です。ですので、この定義が成り立たない、と考えるなら、占星術は意味のないものになります。

オカルトにしろ、スピリチュアリティにしろ、定義を作るのは人です。人々の認識が定義を作る。定義の根底には、人々の信念(あるいは信仰)がありますが、そのさらなる根源には、人々の認識があるのです。

さて、太陽や月は、この世界に光をもたらし、水を支配し、季節を巡らせ、世界を維持します。太陽や月が輝いている限り、世界は安泰です。

 しかし太陽や月が隠され、惑星がいつもと違う動きをするなら、それは、いずれ地上にも、いつもは起こらないようなことが起こるという予兆(オーメン)であり、天から地に対する警告であると人々は考えるようになっていきます。ここにおいて、天には意思があり、地はそれに従う、という構造になっていったのではないか、と筆者は考えます。

 天に起こることは、いずれ地にも起こる。だからこれから地に起こる出来事を知るためには、まず天に起こる出来事を知らなくてはならないということになるわけで、そのために人々は天を見上げました。


照応論(コレスポンデンス)はシンクロニシティと同義なのか?(問題提起として)

 シンクロニシティ(synchronicity)とは、ユングが提唱した概念で、「意味のある偶然の一致」、「共時性」と翻訳されますが、この訳し方はあまり適切ではありません。共連性(共関性)とするほうが正確ではないでしょうか。

一見、関連のない2つの事象が(ほとんど)同時に起こり、しかし、それは見えないところで関連している。その関連は、該当する人にしか感じることができない、ある特定の出来事の予兆である。これがシンクロニシティです。「非因果的連関の原理」ともいわれるのですが、(表向き)関連していない2つの物事に見えない因果関係があるということになります。まさにオカルト的な考え方です。

その(一見関係のない)2つの事象は、実は集合無意識という部分で繋がっているというのがユングの考え方です。集合無意識は、人々の意識の深いところを繋げている巨大なネットワークというわけです。

各人の記憶や感情が、α波という脳波の波長に共振してシンクロするというように考えている人たちもいます。いずれにしろ、意識(記憶)は繋がっているので、自分以外の人たちに何が起こったのかを、無意識レベルで感じ取ることができる、ということ。


占星術の照応論(コレスポンデンス)は、しばしば、このシンクロニシティと同じようなものであるというように解説されるのですが、しかし、コレスポンデンスはオカルトの用語、一方シンクロニシティは超心理学の用語です。

照応論(コレスポンデンス)は、天に起こることが地に起こる、という対応関係であり、天と個人の魂が繋がっているのです。

しかしシンクロニシティは、個人の意識と集合無意識とが繋がっているという構造です。(その集合無意識の中に、占星術の構造を信じる人々の意識がある、ということになるのかと思います。)

 照応論(コレスポンデンス)と集合無意識(シンクロニシティ)は、同じではありません。集合無意識(シンクロニシティ)もまた仮説ですので、その仮説を信じることができなければ成り立ちません。

が、なぜでしょう、私の周囲の人々は、集合無意識(シンクロニシティ)が成り立つことは当然である、と信じており、証明しようとすらしない(もしくは疑うことすらしない)のです。オカルティストとして、う~ん、これはどうなのかなあ。






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